
2026年5月11日
最近は「アンナの日記」というドストエフスキーの妻の日記と、ゴッホが弟や友人に書いた手紙を集めた「ゴッホの手紙」を並行して読んでる。
ゴッホは当然ながら(貧乏だったので)アンナの日記を読むと、文豪も普通の日々を繰り返していたんだなーと不思議な気持ちになる。
借金があって国を追われている状況とは言え、世に作品を生み出していたわけだし、やっぱなんとなく、華やかだったり、ちやほやされたり、普通と違う刺激的な日々を送っているイメージがあったので…
こういう作家の当時の暮らしを知ると、日々の積み重ねの先に作品があるんだなーと、自分の退屈な毎日も作品作るには悪い環境じゃないのかな、と思える。
これって、私より売れてる人の話を直接聞いた時にも感じる。自分より人気の人は、華やかな都心で暮らしていて、家賃を気にすることもなくって、コンビニで平気でオーガニックのお菓子とか買えるんだろうなと思っているので、そこまで変わらない要素を発見すると、おんなじ人間なんだ、地続きなんだ、と不思議な気持ちになる。
嬉しいか嬉しくないかでいうと微妙なんだけど、結局何かで大逆転することはないんだなと、地味に続けていくしかないよなと思う。
大きい仕事したとしても、働かないとお金は無くなるし、
でもゴッホもドストエフスキーも、2人とも、お金がない中でも芸術に対する投資をしているので、平穏な日々に流されないよう、頑張りたい…
今日、森ビルの展示を見たから余計そう思ったのかも。
大きいもの、大変なもの、思いついてもやりたくないようなものを作っている人は本当にすごい。私も形は違えどそういう熱量と意識で一つずつ作っていきたいなと思う。
食っていくには難しいところもあるんだけど…
それにしても、昔の人がお金の苦労を語っていたり、食べたいもの、みたい展示、欲しいものを我慢しているのを見ると、その才能の刺激になるんだからどんどん自分に投資してよ〜という気持ちになる。
死後、本人ではない人に、つかいきれないくらい のお金が流れることになるのを知っているから余計に。
それができない中だからこそ生まれた作品なのかもしれないけど。
